「頑張ってるね」が言われたかっただけの頃の話

これまでの人生、成功とは言えなかった。

親の褒める基準が高くて、なかなかそこに届かなかった。「よくできたね」の言葉がほしくて、でも届かなくて、気づかないうちに「誰かに認められること」が目標になっていた気がします。

今振り返ると、長い間「頑張ってるね」と言われたかっただけだったな、と思います。

子育てが、私を変えた

子どもを育てながら働く中で、気づいたことがたくさんありました。子どもから教えてもらうことの多さ。教育系のYouTubeを見るようになって、本を読むようになって、知らないうちに自分のレベルが上がっていた。

誰かに言われたわけじゃない。ただ、子どもと一緒に生きていく中で、自分がアップデートされていく感覚がありました。

プロジェクトで「評価される」体験をした

数年前、あるプロジェクトのリーダーを任されました。プレゼンをして、チームをまとめて、周りと協力して進める仕事。課長などの役職はないけれど、それまで積み上げてきたものを全部使う機会でした。

子育てを通じて学んだ「人をコントロールすることの難しさ」「感情を扱う力」が、仕事に活きていた。結果として、周りから評価してもらえました。「仕事ができる人」と言われるようになったのは、あの頃からです。

報われた気持ちがありました。でも同時に、「もっと早くから本気でやっていれば」という後悔も。自分の努力が足りてなかった、甘かった瞬間もたくさんあったと思います。

失敗も気づきも、全部「自分」だった

でも今は、それでよかったと思っています。

うまくいかなかった経験も、遠回りした時間も、誰かに認められたくて頑張っていた頃も——全部が今の自分を作っています。あの失敗がなければ気づかなかったこと、あの遠回りで出会えた人や考え方がある。

今が一番楽しい。それは、「他人に評価してもらうこと」を軸にするのをやめたから。「自分が面白いと思うか」「自分が納得しているか」——自分評価軸で過ごすようになってから、毎日が全然違います。

「頑張ってるね」より「自分がどう感じるか」

他人評価軸で生きていると、評価されれば嬉しいけど、されなければ落ち込む。その振れ幅に消耗し続けます。

自分評価軸に変えると、他人がどう言おうと「自分がどう感じるか」が基準になる。誰かに「すごい」と言われなくても、今日自分が納得できたなら、それでいい。

「頑張ってるね」と言われたい気持ちは、今でもゼロじゃない。でもそれより、「自分が頑張ったと思えるか」の方が、ずっと大事になってきました。

失敗も遠回りも、全部自分。今が一番楽しいのは、他人評価軸をやめて、自分評価軸で生きるようになったから。

— エル

📝 今日のまとめ

  • 「頑張ってるね」と言われたかった時期は、他人評価軸で生きていた
  • 子育てと仕事の経験が、気づかないうちに自分をアップデートした
  • 失敗も遠回りも、全部今の自分を作っている
  • 他人評価軸→自分評価軸に変えると、毎日が全然違う
  • 「自分が納得できたか」が基準になると、生きるのが楽になる

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