有給を取ることに、罪悪感があった。
「みんな頑張ってるのに」「自分だけ休むなんて」「迷惑かけてしまう」
そんな言葉が頭をぐるぐるして——でも体はもう限界で、ある日、本当に動けなくなった。
それが、私の「倒れた日」の話。
「頑張ること」が正義だと思っていた
振り返ると、ずっと「頑張る=いいこと」という方程式で生きてきた気がする。
休むのは弱いこと。サボるのはズルいこと。余白は、怠惰の証拠。
だから詰め込み続けた。仕事も、家事も、育児も。スキマを全部埋めるように。
でも——余白をなくすと、未来が見えなくなる、ということを、あの日初めて知った。
「サボりの余白は、明日への想像力」
倒れた後、しかたなく有給を取った日のことを今でも覚えている。
最初の数時間は、何もしていないことへの罪悪感でいっぱいだった。「早く回復して仕事に戻らなきゃ」と焦っていた。
でも午後になって、ふとぼんやりしていたら——「来週、あれやってみたいな」とか「あの子と休日どこか行きたいな」とか、小さな”したいこと”が浮かんできた。
あ、これだ、と思った。
余白がないと、未来への希望が消えていく。「したいこと」を考える隙間がないから。忙しい時は「こなすこと」しか頭にない。
サボること・休むことって、ただの怠惰じゃなくて——明日への想像力を取り戻す時間なんだ、と気づいた。
サボっても逮捕されない
正直に言うと、今でも「休んでいいのかな」という気持ちはゼロじゃない。
でも自分に言い聞かせている言葉がある。
「サボっても、逮捕はされない」
笑える話だけど、これが意外と効く。最悪の事態を想像してみると、「少し仕事が遅れる」「誰かに申し訳ない気がする」——それくらいなのだ。命がけじゃない。
有給は権利として存在している。休むことは、ルール違反でも弱さでもない。
ちょっとサボる。ちゃんと休む。その余白を、ぼんやり楽しむ。
それだけで、明日が少し、明るく見えてくる。
倒れてよかった、とは言えないけれど
あの日のことを「よかった」とは言えない。体も心もギリギリだったし、周りにも迷惑をかけた。
でも——あの日がなければ、今でも「余白を罪悪感で塗りつぶす」生き方を続けていたと思う。
倒れたことで、初めて「休む練習」が始まった。
頑張りすぎているあなたへ。今日くらい、少しだけサボってみても——大丈夫ですよ。
Written by エル

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