「私なんて」——この言葉、自分の口癖だと気づいたのは、かなり後になってからだった。
特に学生時代。あの頃の私は、何かにつけてこの言葉を使っていた。
「私なんて、どうせ無理」「私なんて、たいしたことない」「私なんて——」
昼と夜、ふたつの大学生活
私は大学の二部(夜間部)に通っていた。
朝から夕方までバイトして、夜に授業を受ける。そういうサイクルで4年間を過ごした。
同じキャンパスで、昼間の学生たちは授業の合間にカフェでおしゃべりしたり、サークルに行ったり、アルバイトも夕方から、という生活をしていた。
眩しかった——というより、最初は羨ましくて、それがだんだん劣等感に変わっていった。
「私は昼間の学生と違う」「なんか、ちょっと下に見られてる気がする」
そんな感覚がずっとあった。
でも、大学生活は楽しかった
不思議なことに——大学時代、つらかったのは「比べていた自分の心」で、生活そのものは楽しかった。
一緒に夜の授業を受ける仲間との距離感が好きだった。みんなどこか「それぞれの事情を持って、ここにいる」という空気があって、変に気負いがなかった。
昼間の大学と「違う」のは確かだった。でもその違いが、悪いことだとも言い切れなかった。
ただ、「私なんて」という言葉は消えなかった。
変わったのは、自分を越えた瞬間
転機はTOEICだった。
英語が好きだったので、コツコツ勉強して受け続けていたら——850点を取れた日があった。
その瞬間思ったのは、「やった!」よりも先に——「あ、かつての自分を越えたな」 という感覚だった。
誰かに勝ったわけじゃない。昼間の大学生に勝ったわけでも、同期に勝ったわけでもない。
ただ、以前の自分より、確かに前に進んでいた。
それだけで、「私なんて」の声が、少し小さくなった。
コンプレックスは消えないけれど
今でも、コンプレックスはある。正直に言えば、ある。
「もっとこうだったら」という気持ちが、ゼロになったわけじゃない。
でも学生時代とは違う。あの頃は他の誰かと比べて「自分が劣っている」と苦しんでいた。今は、「昨日の自分より少し前に進んでいるか?」が基準になってきた。
コンプレックスが消えることが「克服」じゃないのかもしれない。比べる相手が「他人」から「過去の自分」に変わること——それが、少しだけ楽になる道なのかな、と今は思っている。
「私なんて」が口癖になっていませんか? 誰かと比べる必要は、ないかもしれません。
Written by エル

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